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9. 乳児死亡率のトップSIDS
  乳幼児突然死症候群



乳児死亡率のトップSIDS乳幼児突然死症候群

赤ちゃんが突然死んでしまう病気。それは誰のせいでもない!

構成・文/原プロジェクト

かつて赤ちゃんの死は、特別に珍しいことではなかったといいます。抵抗力のない赤ちゃんは、下痢や風邪などのちょっとした病気で死亡していました。

 ところが、医学の進歩によって、赤ちゃんの死亡率は急激に低下。特にわが国においては人類の歴史始まって以来の低死亡率(出生1000人あたりの2歳以下の乳幼児の死亡数が5を切るまでになりました)を1988年に記録し、赤ちゃんというのは、元気にすくすくと育ち、死とは無縁なものと思われています。

 そんな私たちの赤ちゃんへの思いを震撼させる病気がSIDS(Sudden Infant Death Syndrome乳幼児突然死症候群)です。その名の通り、元気だった赤ちゃんがある日突然に亡くなってしまう病気で、原因については、今のところまだ完全には分かっていません。欧米に比べると、わが国の発生率は低く、2000人の出生に対して、1人だそうです。この数字を多いと感じるのか少ないと感じるのかは人によって違うと思いますが、でも、新生児期を過ぎてから2歳までの赤ちゃんの死因のトップに位置しているのです。

他の病気で亡くなる乳児は減少しているが、SIDSによる死亡ほ1975年から1985年の間、ニュージーランドではむしろ増加している。

★ある日突然に…… 悲劇に襲われる家族が増えている

赤ちゃんの誕生は、新婚家庭≠″家族″へと変えるばかりか、両親を新しい愛に目覚めさせてくれます。プクプクの頬やちっちやな手足にそっと触れて、お父さんもお母さんもささやかで、それでいて十二分に幸福なひとときを過ごしたりします。

 そんな幸福を妬むかのように、SIDSという病気は、全く突然に赤ちゃんを家族からさらっていってしまいます。

 Aさんの長女は生後3カ月半、愛らしい笑顔も見せるようになっていました。その日、いつものように3時頃おっぱいをあげて、グップをさせて……。30分ほど経ったとき、うつ伏せで眠り始めたのでAさんは、隣室のデスクで帳簿の整理。5時頃『そろそろオシッコで泣きだすかしら』と様子を見に行って、真っ白な顔ですでに死亡していた長女を発見。

 Bさんは、午前8時前、全くいつものように、朝のミルクをあげようとして長男のベビーベッドへ。うつ伏せに寝ていたその子の異常に気づき、慌てて抱きあげ、何度も名前を呼びはしたが、何の反応もなく、腕の中でぐったりとしているだけでした。Bさんの長男は、生後4カ月でした。

 こんな形で、悲劇のドン底につき落とされる家族が増加していると言われています。その原因となるSIDSとはどんな病気なのでしょうか。厚生省のSIDS研究班の班長でもある東京女子医大の仁志田博司教授に説明してもらいました。「もともとSIDSは非常に古くからあった病気ですが、ほかの病気による死亡率の低下により相対的に浮上してきたということが言えると思います。原因については、まだ突き止められていませんが、定義は明確にされています。“それまでの健康状態および既往歴から全く予測できず、しかも部険によってもその原因が不詳である乳幼児に突然の死をもたらした症候群″ということになっています。

 もう少し広いとらえ方もあるのですが、それですと種々の原因による突然死が含まれてしまう可能性があり、分かりにくくなってしまうと思います。簡単に言いますと、元気であった赤ちゃんに我々が知っている原因(肺炎など)では、説明できない突然の死をもたらす病気ということになるでしょうか」とのことです。

 私たちは、突然死のイメージを、心不全などの内臓不全や何らかの窒息事故としてとらえがちですが、それらはSIDSではありません。

★死亡原因のトップなのに……。意外に知られていない「SIDS」

弱い赤ちゃんの病気が次々と制圧されていくなかで、まだ解明されていないSIDSについては、最近でこそマスコミに取り上げられるようになってきましたが、乳児死亡率が高い割には、あまり知られていないようです。

「発症数が少ないということでしょうか。SIDSに関する情報は、ほかの病気に比べ認知度が低いのは事実だと思われます。SIDSでは、いままで元気だった赤ちゃんが、突然死ぬ。それも家庭内で。というケースが圧倒的です。そうしますと、お母さんのショックは相当なもので、自分の過失で自分の子どもを殺してしまった〃というような特別な罪の意識を抱いてしまったりもする。また周囲の人もSIDSを知らないから、お母さんの不注意で死なせてしまったのではないかと、責めるような目を向けたりも……。そうなると、お母さんや家族の人生そのものもメチヤクチャになってしまう危険性があります」と仁志田教授。

 私たちは、SIDSが、何らかの過失や事故ではなく、病気のひとつであることを、まず認知しておきたいと思います。

仁志田博司教授
「SIDSに対する正しい理解をして欲しいと思います」

日本でも確実に死亡児敦は増えている。

★赤ちゃんの身体のなかで「生」と「死」が揺れている

SIDSは、その定義からも明らかなように、いまのところまだ原因が分かっていません。それでも、発病の時期、発病時の状態等については、明確になっています。

 いくらかの例外を除いて、ほとんど睡眠中に起こっていますし、生後4カ月をピークに6カ月を過ぎるとまず発病しないとされています。

「6カ月を過ぎると発病しにくいので、人間の発達段階での何らかの遅れが、SIDSに関係しているということが言えると思います。人間の赤ちゃんというのは、未熟な状態で生まれてくるんです。動物ですと、生まれるとすぐに立ち上がったりしますが、人間の赤ちゃんは、生まれて一年たってから、ようやく歩き出します。4〜6カ月程になると、身体のなかの諸器官が生命維持のための諸機能を整え、それを恒常化するシステムが確立します。逆に言えば、3カ月以前は生と死の危ういバランスの上に立っているような状態にあると言えるかもしれません。ですから、ほんのわずかのことで、赤ちゃんが死の側へ足を踏みはずしてしまうことがあるのです」

 仁志田教授が、赤ちゃんの危うさについて説明してくれましたが、その危うさが具体的には、どんな形でSIDSを誘うのでしょうか。「人間は、眠ると呼吸も心拍数も少なくなります。呼吸を止めることもよくあることです。でも、それで酸素が少なくなると呼吸しろと身体の方が命令を出しますよね。未熟だとその命令をうまく受けられず、さらに酸素が少なくなります。酸素が少なくなると、ますます呼吸中枢が抑えられてしまうという悪循環になってしまうことが、SIDSにつながっているのではないかと考えられています」(同教授)

 つまり、乱暴な言い方かもしれませんが、赤ちゃんの身体がちょっとしたきっかけで危険な状態に陥ったとき、赤ちゃん自らがその状態に反応して回復する機能がうまく働かない結果として、死に到るのが、SIDSと呼ばれる病気の正体なのです。そして、その反応性の未発達の原因は、脳幹部の微細な異常によるものと考えられ、さらに、脳幹部のわずかな障害は、子宮内での低酸素症などが素因を生みだすのではないかと、現在では、SIDSの原因を出生以前にまでさかのぼって研究されているそうです。

 直接的な原因は分からないにしても、SIDSの病気の実態等が分かれば、どんな赤ちゃんがSIDSになりやすいのかというようなことも分かるのではないかと思われます。実際に赤ちゃんを育てているお母さんも、そのことが気になるのではないでしょうか。「結論から言いますと、残念ながら現状では、まだ分かっていません。もちろん、研究は続けられていますので、ハイリスクの赤ちゃんについて、近い将来絞り込めると思います」と仁志田教授。

★「SIDS」という病気は死によってしか証明できない

 SIDSの病気のシステムが分かっても、予防の仕方が分からなければ、赤ちゃんのいる家族では、そのことがストレスになってしまうのかも知れません。なにしろ、ある日突然赤ちゃんが死んで、よく調べたらSIDSだったというのでは、なにか悲しすぎるような気がします。″死んでみなければ、SIDSかどうか分からないのがSIDS″ということはよく理解できても、両親の心情は穏やかではないでしょう。

 仁志田教授は「SIDSの完全な予防法というのは、いまのところありません。ただし、赤ちゃんが6カ月過ぎればまず心配ありません。それに、これまでの研究から、お母さんがいつも近くにいれば、この病気が起こりにくくなるということが分かっています。お母さんが近くにいれば、赤ちゃんはいつも刺激を受けているからです。SIDSが、大家族制のところで少ないというのも、同じ理由だと思います」と話してくれました。

 そして、「元気な赤ちゃんが突然死亡する病気というのは、両親にとって、かなりの不安を与えますし、私たち小児科医にとっていつまでも原因不明で予防もできないというのでは、あまりにも情けないですよ」とさらに研究を進める決意も。

★冬期と睡眠中の発病が圧倒的に多い「SIDS」

 ほかにも 長年の研究の成果としてSIDSについていくつかのことが判明しています。

 まず、過去において、SIDSと思われていたいくつかの例が、ほかの病気によるものだということが判明しています。ボツリヌス感染症や代謝性疾患がそれに当たります。こうして、キャベツの皮をむくように、いままで原因不明の病気が、だんだん分かり、研究者は研究者は本物のSIDSに迫りつつあるそうです。(前頁の図)
でもそうしていくと、SIDSそのものが無くなってしまうのではないかと思われますが、芯として“健康であった赤ちゃんが眠るように死亡する典型的なひとつの病気が存在する“というのが、研究者たちの一致した見解だそうです。

「夜間に限らず、睡眠中に起こるのが圧倒的です。アメリカの疾病対策センターの報告によると、7月または8月に死亡した乳児より、1月に死亡した乳児のほうが、2倍も多いとなっています。それは、軽い風邪がSIDSの引き金になっている可能性があり、冬のほうが風邪を引きやすいからです」(仁志田教授)

 風邪ぎみの赤ちゃんの場合は、できるだけそばにいてあげたいものです.

 うつ伏せ寝でSIDSが増加するということもいわれていますが、同教授は、「うつ伏せだと、赤ちゃんの顔が見えないため、異常の発見が遅れるというデメリットはあります。ただうつ伏せのほうが赤ちゃんがよく眠れることも事実で、そのことによるメリットもあります。うつ伏せ寝の赤ちゃんのほうにSIDSが多いとしても、副次的な理由であって、うつ伏せ寝が、直接SIDSを引き起こすとは考えにくいですね」と説明します。

★SIDSのリスクを遠ざけるためには

 SIDSの完璧な予防法は、まだ確立されていませんが、数多くの経験のなかから、WHOでは次の5つの勧告をしています。

@若年妊娠を避ける
Aたばこ、麻薬を使用しないこと
B妊娠周期を2、3年間とる
C妊娠回数を少なくする
D乳児は生後4〜6カ月間、母乳で育てる

 これらのことは、どれも健康な赤ちゃんを育てるための条件となっているようです。ほかにも“赤ちゃんがあまり熱くなりすぎないようにする”という意見もあります。これも、赤ちゃんの健康にとって必要なことです。

 そして、これらの努力にもかかわらず、万が一赤ちゃんがぐったりしていると気づいたときは、どうしたらよいのでしょうか。

 そういう場合には、胸や背中を軽く叩いて刺激すると、それだけで呼吸を始めるケースが多いといわれています。それでも、無呼吸発作(もちろん、無呼吸発作は、Sl DS以外の理由でも起きます)が続くようなら、“マウス・ツー・マウス〃の人工呼吸を施しながら医師や救急車を待つようにします。

以上のことから、Sl DSのリスクを遠ざける最も効果的な方法は、赤ちゃんを絶えず注意深く見守ることと言えそうです。

乳児の死因別分類(グラフ)
名古屋私立大学SIDSプロジェクト委員会による1987年から90年までの愛知県内での生後7日以上1歳未満の全死亡例による

★悲しみに直面する家族の心の支えとなる人たちがいる

 ついさっきまで元気だった赤ちゃんが、まるで飽きてしまった玩具を手から放すように生命を放してしまう。人間にとってある意味では、死はいつも唐突なものですが、やはり元気な人生を始めたばかりの赤ちゃんの突然死は、残された家族へ言い知れぬ悲しみを落とし続けます。対象を失った新しい愛を握りしめながら、残された人は、自らを責め続けることが多いそうです。

 そんな絶望に襲われた家族には、何らかのサポートが必要とされます。欧米では、SIDSの家族の支援組織ができていて、悲しみを乗り越えるための手助けをしているそうです。

 わが国にも、同じような悲しみの経験を持つお母さんが中心になって、「家族の金」をつくっています。その会長である福井ステファニーさんは、「愛する子どもを亡くした悲しみは、同じ経験を持つ人でないと、なかなか分かりにくいのです。私は、最初の子どもを死産で亡くしましたが、本当にショックで1年半くらいは毎日泣いていました。とにかく自分に対して自信はなくなるし、自分を責めたりもしました。こういった経験を乗り越えるのは、時間がかかります」という経験から、同じような悲しみを持つ人へ精神的な援助をしたいと会を組織しました。「お母さんは、愛する赤ちゃんを亡くしても、自分がいかにその赤ちゃんを愛していたか、どんなに可愛いかったかを話したいものなのです。それを″早く忘れなさい″と言ったりするのは、お母さんを侮辱することになるのです。とにかく、その悲しみなど、なんでも聞いてあげることだけで、心の支えになります」とも語ってくれました。

★絶対に言ってはいけない「まだ若いのだから……」

 私たちは、悲しんでいる人をみると、悲しみを忘れさせることによって、その人を助けたいと思います。でも忘れることは悲しみからの逃避であって、乗り越えたことにはならないのです。悲しみは、忘れることではなく、正面から向きあい悲しむことによって乗り越え、そして、愛する赤ちゃんと別れることが大事なのです。

 その助けをするにあたって、絶対に言ってはならない言葉があります。
『早く忘れなさい』
『まだ若いんだから、次の子どもをつくればいいじゃないか』
『もうすでに大きな子どもがいるから、いいじゃないか』
という3つのフレーズ、これらは、往々にして、悲しみに打ちひしがれた人を励ますために使われそうですが、結果は相手の神経をさかなですることになります。愛する赤ちゃんを失った両親は、愛するがゆえに忘れたくないと思っているのですし、別の子どもで代用できないからこそ悲しんでいるのです。そんな両親にとって、これらのフレーズを耳にすることは、亡くなった赤ちゃんが何か卑しく、どうでもいい存在だったということになり、激しい憤りを感じさせるのです。赤ちゃんは、両親にとってかけがえのない存在だったのですから。

 福井さんの金では、赤ちゃんを亡くした家族を支援する人をビフレンダーと呼び、それらの人を育てて、あらゆる状況に対応して支援体制が組めるように会を整えつつあります。
「赤ちゃんを亡くすことは、本当にショックで、精神的に不安定な状態に陥ります。その後喪失感が襲ってきて、うつ状態になり回復するというプロセスを経ます。そのためには、個人差もありますが、1〜2年の時間が必要です。もし、近くに赤ちゃんを亡くした方がいましたら、そういうことを分かってあげて欲しいと思います」と福井さんからのメッセージ。

 『SIDS家族の会』では、SIDSの正しい知識を普及させるとともに、子どもを亡くした家族の支援(単に悲しみからの回復を助けるばかりでなく、次の子どもを持つための情報提供等も行っています)、SIDSの調査研究、各種シンポジウムの開催等も行っています。また、世界30カ国にネットワークのある国際SIDS家族の会に加盟し、国際的な情報交換も展開しています。
連絡先03−3357−0091(母子衛生研究会内)
右の写真は、会長の福井ステファニーさん。

アメリカでは、子どもを亡くした両親、祖父母、さらには兄弟向けのパンフレットがある。




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