・「食べ物の値段が上がる」 発展途上地域を中心に多くの人々が飢えに悩まされる ・「多発する自然災害」 30年に1度という“異常気象”が異常でなくなる ・「生存競争の果てに」 死ぬか、逃げるか、耐えるか。すべての生物に選択を強いる ・「快適な生活のツケが回づてくる」 グローバルコモンズ=地球公共財”の存在がようやく分かってきた |
取材・文/小島あゆみ
ACT−1
★先進国では増収するが発展途上国では減収 温暖化が進むと、具体的にどんなことが起こるのか。内嶋さんがフローチャートにまとめている (右ページ)。人口が増え、それぞれが生活の水準を上げると、食糧がより多く必要になり、エネルギーや資源の消費も増える。これに対応するために、肥料をどんどん投入して、耕地を何度も使わなければならなくなる。また、森林破壊も進む。そのことが、二酸化炭素をはじめとする大気中の温室効果ガスを増やすことになる。これが今の私たちの生活をつくっている流れなのだ。 「二酸化炭素など温室効果ガスが増えて温暖化すると、作物には直接的、間接的な影響が考えられます」 直接的な影響は、光合成が活発になること。「一般的には収穫量は上がります。メロンの温室栽培では、ハウスの中の二酸化炭素の濃度を上げているくらいです。実験では、二酸化炭素が倍増した場合、十分に肥料を与え、病虫害を予防すると、収穫量が30%近く上がります。しかし肥料をやらないと上がらないのです」 収穫量を上げる条件は、耕地がよく整備され、農薬や肥料があること。しかし、農薬や肥料づけの生活は誰も望んではいないだろう。「先進国では収穫量が上がりますが、技術や肥料などが十分ではない発展途上国では、温暖化のために収穫量が落ちる」。ただでさえ、発展途上国では食糧が足りない国が多いのに、ますます足りなくなるらしい。 ★気温上昇が招く気候の変化は大きな影響を与える 間接的には、気温の上昇で変わる気候が影響する。「高温になると、栽培範囲が拡大するし、栽培期間も長くなるというプラス面があります。しかし、高温に弱い作物はやられてしまうし、病虫害も発生しやすくなる。微生物が土壌有機物を分解するスピードが早くなりすぎて、土地が衰えます。雑草が伸びるのでそれを取る作業も大変でしょう」。温度だけを考えても、たいへんなことが起こりそうだ。暖かくなると作物がよくできるようになるなんて、楽観はしていられないのだ。 実際、日本の東北地方は1978年は豊作、80年は凶作だったが、その平均気温の差は約4度。わずかな差に思えるが、これが作物には大きな影響を与える。 懸念されるのは雨の変化。温暖化すると、強い雨が増えるといわれている。「植物には同じ降るなら、月に3〜4回、数10mlずつシトシトと降るほうが水の利用効率がいい」。また強い雨によって土地が流されたり、侵蝕され農地は荒れる。 「温度が1度上昇すると、地面から蒸発する水分は4〜5%増える。乾燥が進むと干ばつを招くことが考えられます」。 海の水位が上がり、農地が浸水したり、水没したり、また塩水が淡水に混入して植物や土壌にダメージを与える。「ひいては農地を失った人たちが環境難民となる可能性もあります」 世界全体の収穫量としては、プラスになるのかマイナスになるのか。 「小麦、とうもろこし、大豆、米に関して、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、オースラリアという主要な輸出国のほとんどは、高温や乾燥で収穫量が減るといわれています。逆にシベリアやカナダの針葉樹林地帯が農地として活用できるようになります。世界全体では過不足はあまり大きくならないと予想されています。ただし、新しい耕地を作るには莫大なコストと時間がかかることは確かです。ということは農産物の高騰を招く心配もあります」 人間は全陸地の3分の1を農地として独占している。「温暖化はボクシングでいえばボディーブロー。じわじわと効いてくるんです」。食物の半分を輸入に頼り、世界各国のおいしいものを楽しんでいる日本人。お金さえあれば、という食べ方がいつまでもつのだろうか。 内嶋善兵衛さん ACT−2 「多発する自然災害」 30年に1度という“異常気象”が異常でなくなる。
★将来予測はまだ発展途上 最初に温暖化の将来予測はどのように行われているのかを聞いてみた。 ★80年代から最高気温の記録を更新中 「気象庁では30年に1回以下しか起こらないということを基準に、異常気象と言っています。温暖化が進むと、異常に気温が高くなったり、大型台風などが頻発する可能性があります。異常気象が異常でなくなることが考えられます」 地球の温度は70年代後半から急速に高温になっている。89年まで過去100年間を見ると、上位10位のうち6位までが80年代だ。また90年は過去最高、91年が2番目、88年が3番目と、最近の気温の上昇はものすごい。90年には、日本でも高温と少雨の記録が続出した。雨や台風が増え、海面が上昇する 温暖化が進むと気候がどうなるかは、よく分かっていないが、「あえて挙げると、暖冬で夏は多雨になる。「※エルニーニョ現象がしょっちゅう起こっているような状態かもしれません」 温度だけでなく、雨や風など気候が変化する。「雨は熱帯のスコールのような降り方になる。ジャーツと降ってカラッと上がる。地球の中緯度地域ではシトシトと長く降るのが普通ですが、これが集中豪雨タイプになるということです。世界の豪雨の記録を見ると、過去100年のうち上位はここ10〜30年に集中しているというデータも先日発表されました」 雨量は増えても、集中豪雨では土壌に吸収される水分の量は案外少なく、貯水池が必要になるという。その分、費用がかかるというわけだ。「東南アジアでは、モンスーンが強まって湿潤化する。緯度帯としては日本は乾燥する地域に含まれますが、一方で台風が大型化するといわれています。日本海側では雪が雨になる可能性があります。ということは今まで雪解け水として利田していた水が早くなくなるわけです」 しかし、考える通りにはいかないのがまた自然の摂理。「88年にアメリカで干ばつが起こったときには日本でも海水の温度が上昇しました。そうすると大型の台風が来てもおかしくないのですが、小さい台風が次々に来たのです。ほんとうにどうなるか予測がつかないのが現状です。 心配なのが、海面の上昇だ。「国境の問題を一切除いて考えると、作物はできるところで作って、他へ回すということも考えられるが、海面の上昇でだけはどうにも止められません。ほんとうはどうなるのか、まだよく分かっていませんが、3度の温度上昇がいつまでも続けば200〜3000年後に、海面上昇が2mというデータや2025年までに約20m上がるというデータもあります」。 ★今の気候に基づいた建物や道路に影響が出ることも これらの気象の変化が、現実の生活にはどう響いてくるのだろうか。「道路や建物、交通システムなどさまざまな設備は、今の気象に基づいて作られています。その前提がくずれるということです。温暖化が急速に進むと、対応できません。強度や寿命が変わってしまいます」。これは、想像すると怖い話だ。実際に損害保険の業界などは、対応を練り始めているとか。 正体のつかみにくい地球温暖化だが、「理論やモデルを信頼せず、何も対策を講じないと手遅れになってしまうので注意しなければ」と松さんは話している。 松野太郎さん ※エルニーニョ現象とは、東部太平洋赤道域の水温が異常に上昇する現象。気象パターンが変わり、世界的な異常気象をもたらす。 ACT・3 「生存競争の果てに」 死ぬか、逃げるか、耐えるか。すべての生物に選択を強いる
★温暖化の進行で、生物が迫られる3つの選択 「すべての生き物は、環境の変化に対して、自分が適応できる環境へ移動する、その場で適応できるようにみずからを変化させる、逃げることも適応することもできずに死ぬ、の3つの立場から選択せざるをえないでしょう」 逃げるという点では、動物については想像できる。しかし、植物の場合はどうだろうか。「実は植物も少しは移動できるのです。しかし、その範囲は1年で10mかせいぜい100mといわれています。温暖化のスピードで、35年間に1度、気温が上昇するというモデルがありますが、1度上昇するということは、気候帯が約80km北上するという計算になります。これによると、毎年2・2km植物は移動することが必要です。これでは、植物はとても追いつけません。1本の木が種から成長するには何十年もかかりますから、木は育たなくなります。ある種類の植物がなくなることも想像されるのです」 植物がなくなったら、それを食料としている草食動物が生きていけなくなる。そしてまた、それを食べている肉食動物も生存が危うくなる。 「植物や動物の分布は秩序がはっきりしています。どこかひとつがくずれると、全体がおかしくなってしまうのです」 動物といえども、その体力には限界があるし、途中に街などの障害物があれば、移動は簡単ではない。また、「ある林をねぐらに、いくつかの森林の間を飛んでいた鳥がいるとします。もし真ん中にある森林がなくなれば、今までよりずっと長距離をいっぺんに飛ばぬばなりません。鳥によっては移動が困難になることもあります。その鳥が来なくなれば、植物や虫やその鳥を食べようとしていたほかの動物にも影響が出るんですね。林がひとつなくなるだけで、いろんなことに変化が起きるんです」。周りを海に囲まれた島に住む動植物は、温暖化によって絶滅が心配されている。 2番めの、移動せずに新しい環境に適応できるかどうかについては、「何といっても時間のかかることです。温暖化のスピードに間に合うかどうかは分かりません」。となると、死や絶滅の道をたどるしかない。 ★残ったものと侵入者の問で生存競争が起こる ツンドラは土の中の水が凍っているので、永久凍土と言われ、北極や南極に近接して、ヨーロッパやロシア、シベリア、カナダ北部、アラスカに分布している。「ツンドラでは夏の短い期間、表面の氷が解けて、こけなど根を持たない植物が育っています。温暖化によりこの夏の状態が続き、もつと北まで広がるようになります。このこけなどを食べていた動物の数や活動範囲も変わるでしょう。今までツンドラでは育たなかった植物が育つようになるかもしれません。しかし、農地として整備するには莫大な費用がかかるでしょう。ツンドラが解け出すと、メタンガスが出てますます温暖化が進むことも予測されています」 ツンドラの南には、タイガと呼ばれる針葉樹林がある。氷河が後退して木がだんだん生えて広がり、今の状態になるまで、数百年から数千年かかったといわれている。「このタイガも温暖化によって北上すると考えられますが、ツンドラとの境の部分ではすぐにタイガになるわけではありません。その部分は荒廃しますし、病虫害も起こりやすくなります。一方、タイガの南限では温暖化により別の森林をつくる木が優勢となり、木の立ち枯れが起こり、山火事も起きやすくなるのです」。このような想像は、タイガだけでなく、ほかの森林でも起こる可能性がある。植物が移動すると、動物にも変化が起こる。そこに残ったものは、新しい侵入者と戦い、移動したものは侵入者として戦うことになる。 「人間を含め、どんな動物も単独では生きていけない。人間は自然を利用するだけでなく、生態系の一員であるという発想を持って、エネルギー消費を抑えるよぅに努力しなければならない。自然の秩序はいったん壊すと元にはもどれないのだから」。温暖化は、すでに個々の生き方の問題になってきた。 大場秀幸さん 東京大学総合研究資料館助教授 ACT・4 「快適な生活のツケが回づてくる」 グローバルコモンズ=地球公共財”の存在がようやく分かってきた
★廃業、交通、そして人問の健康も影響を受ける 「気候が変わると、水力発電や太陽エネルギー、途上国で炊事に使われている薪などのエネルギーの供給も影響を受けるでしょう。暖房が不要になる分、冷房が必要になり、日本では3度温度が上昇すると、5〜10%の電力が余計に必要になると見積られています」 農業以外の産業へもインパクトがある。魚の分布が変化することで漁業も変わるし、森林の樹木を原料とする製紙業、スキー場などの観光業も少なからぬ波をかぶる。「また、船や飛行機の航路が変わり、不凍港が増える、橋の架け換えが必要になるなどの交通への影響も考えられます」 怖いのは、人間の健康に対しての予想。熱波、干ばつによる栄養不良、洪水によって衛生状態が悪化する、より使用量が増える化学肥料や農薬の影響などなど。「気温が30度を超えると、脳卒中による死亡が増えるというデータがあります。また、マラリアや住血吸虫病(肝硬変などを起こす)など、従来は暑い地域に限られていた病気が増えるでしょう」 海面の上昇や干ばつで土地がなくなると、環境難民があふれ、政治的な大問題になる可能性もある。これらの影響については、温暖化自体がまだはっきりしないために、よくシミュレーションされていないのが現状なのである。 ★科学が政策を決める時代が来た 温暖化に関しては、すべての科学者がそうなると予測しているわけではない。「88年には、科学者が出した温暖化に関するデータを整理、検討して、各国の政府に伝える場としてIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が設置されました。そのIPCCですら、過去100年間のデータからいうと、温暖化が進んでいるとはっきりは言えないとしているのです。そんな不確実な状態でもなぜ政策を進めていくのか。それは、何か事が起こってからでは遅いからです。科学が政策を決定する時代が来ていると思います。だれを信用するかで政策が大きく違ってきます。私たち科学者に課せられた責任は重いのです」 ★エネルギー消費を進める価値観を変えなければ 地球温暖化に対する国際的な取り組みを定めた「気候変動枠組み条約」は、92年6月に署名され、50カ国の批准をもってスタートする。「この中には温室効果ガスの排出をあるレベルまで抑制するという一文があるのですが、そのあるレベルがまだ決まっていない。コストがかかるので、石油、石炭業界などが反対しているんです」 50年後には、発展途上国の二酸化炭素の排出量が先進国を上回る。「それでも、一人当たりの排出量は先進国より少ないのです。発展途上国は、先進国に対して、今までに排出した量に応じて、途上国を援助せよ、先進国と同じレベルまでは排出しても当然だという主張があります。エネルギーを使うのがいいという価値観を変えなければどうにもなりませんね」 西岡さんは、「環境問題にはツケをどこに回すかということがつきまとう」と言う。「自分の出したゴミを別の場所に捨てるのは、ツケをよその地域に回していること。ある工場で二酸化炭素を出さないとしても、その工場が電気を使っているとすれば、その電気を作るための二酸化炭素は別の場所で出ているのです。次の世代がなんとかしてくれるだろうというのも、ツケ回しのひとつ」。ツケ回しをやめるには、地域や国の間で協力が不可欠だが、現実はなかなかそうはいかない。 ★エコロジカルな新しい文明は生まれるか 西岡さんは言う。「人類はやっと地球は有限だと気づいたのかもしれません。地球環境は公共財であるという意識がようやく芽生えて来たようです。一人ひとりが生活を変えていくことが問われています。この温暖化の問題をきっかけに、エネルギーを少しでも使わない、そしてほかにツケを回すことがない、エコロジカルな新しい文明ができるのではないかと期待しています。お母さんたちには、正しいと思ったことをきちんと子どもたちに教えていただきたいですね」 さて、あなたが自信を持って子どもに教えることは何ですか。 西岡秀三さん 環境庁・国立環境研究所地球環境研究センター総括研究管理官
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