・冷戦後の核状況は? ・「核抑止論」矛盾とは? ・核実験をする理由は? ・ハウマッチ核爆弾 ・「日本は唯一の被曝国」 ・ビキニの実験は ・第五福龍丸はいま ・地下核実験で ・南太平洋での実験強行 ・虹の戦士号爆破事件 ・放射能漏れの危険性が ・なぜ調査さえさせないのか? ・『モルロアの証言』 ・私たちにできること ・日本は安保政策を ・アメリカがすべての ・核実験に反対し ・あなたは買いますか |
今年5月15日、中国が地下核実験を実施。6月13日にはフランスのシラク大統領が1992年以来停止してきた核実験の再開を表明、実験場となる南太平洋諸国からの強い反発を招いた。国際的に核実験反対運動が盛り上がるなか、再び中国が8月17日、今年2回目の地下核実験を強行した。核実験は環境に深刻な影響を与え、周辺地域に住む人々の人権を侵し、平和の願いを踏みにじる、決して許すことのできないもの。核保有国はなぜ、そこまでして実験をやろうとするのか。そして、今もなお世界中に4万発以上はあると言われている核兵器の核弾頭は、私たち人類をどこへ導いていくのだろうか。 ★冷戦後の核状況は? 軍事ジャーナリストの前田哲男氏は言う。 「冷戦の時代とは、米ソが大陸間弾道弾でお互いの首都に狙いをつけて、核攻撃をしたら必ず報復するぞという自分たちの意思を示しながらの対立の時代でした。それが今や米ロが“準同盟国”のような存在。冷戦時代にはいつでも核攻撃できる態勢をとっていましたが、今はもうその態勢を解いたので、能力的にもすぐに核戦争が行われることはないでしょう」 しかし「核戦争による危機」の減少は「核の危機」の減少にはつながらないという。 ★「核抑止論」矛盾とは? 「核抑止論」とは、核兵器を保有して、その力を示すことで戦争からの安全が保障されるという考え方だ。しかし恐ろしい核兵器を持つことが、あるいはその傘の下に入ることが、本当に戦争を避けるために有効なことなのだろうか。 前出の前田氏は「核抑止論は、検証のしようがない戦略論なのです」と言う。 全面核戦争が起こった時には地球は破滅してしまう。だから、核が安全を保障するとい考え方は正しいのかどうか、誰にも証明できないのだ。確かに半世紀近くの間、それを使ってはならないと、核保有国が慎重にふるまったので、それは抑止が機能していた状態と いえるのかもしれない。 しかし、冷戦の時代、米ソが膨大な量の核軍拡競争に熱中したことで、互いの核の力のバランスが保たれてきたからこそ、抑止が機能したともいえるわけだ。 「互いに相手に比べて同等か、優位でないと安心できないのです。量の面だけでなく、質の面でも、最新鋭の核兵器を開発し続けなくてはならない状況は、国家財政に大変な負担を強いるものです。ソ連はその重みに耐えかねて崩壊したともいえるでしょう」(前田氏) もともと国家の安全保障とか軍備というものは、国民生活の安定と繁栄のためにあるもののはずだ。ところが、「核による抑止」を求めた結果、国家の経済が破綻し、国民の生活が大混乱に陥ってしまうという、本末転倒の状況を生んでしまったわけだ。 ちなみに、冷戦構造下では米ソともそれぞれ10万人を超える「核兵器要員」がいたといわれる。この10万人のすべてが、核兵器を取り扱う必然性から、人格的に安定し十分な教育を受けた優秀な人材でなければならない。もし、これだけの人々が、架空の戦略である核兵器要員としてではなく、産業や技術開発などの生産的な仕事に就いていたとしたら、どれほどの力となっただろう。 米ソ両超大国は、核抑止力を機能させるために、核軍備を拡大し維持するというハードウエアと、それを管理する人材というソフトウエアの両面で大きな負担を強いられてきたのだ。そしてその膨大な負担は、核戦力という決して使用されることのない(はずの)目的のために費やされてきたのだ。 また、米ソ両国は、核軍備超大国であり続けたけれども、決して戦争と無縁ではなく、実際には多くの戦争に関与してきたことを忘れてはならない。 一方、核を持たない国にとっても、核抑止論は矛盾をはらむ。 核保有国の核の傘の下でしか安全を保てないということは、保有国に従属することでもある。それが本当の意味で自国の安全を保障することだといえるのだろうか。 NPT(核拡散防止条約)に加盟する多くの非核保有国の願いは、核廃絶だ。核保有国はこのことを真剣に受け止めるべきである。 ★核実験をする理由は? 核保有国にとって、核実験をすることは、軍事的にどのような意味があるのだろうか。前田氏は、核実験をする理由として、次の3点をあげる。 @核兵器の劣化の検査 A新型兵器の実験 B対核兵器防御システムの実験 「‘96年に発効予定の包括的核実験禁止条約(CTBT)は、新型兵器の開発を困難にするもので、核保有国にとつては、いわばボディーブローのようにじわじわと効いてきて、長い目でみれば、核軍縮に効果があるでしょう」(前田氏)という。 CTBT交渉では、核実験の監視が大きな問題となったが、日本などの地震観測技術が、核実験の実施を検知することを可能にしたため、通常の規模の地下核実験は監視できる。 ★ハウマッチ核爆弾 核兵器を製造するには、いったいどのくらいのコストをかけているのだろうか。 「核兵器と一口にいっても、爆発する部分である核弾頭と、これを運搬する部分であるミサイルや航空機とに分けられます」と前田氏。 そのうち核弾頭については、80年代米軍は1000発の核弾頭の予算を30億ドル要求したという。1発あたり300万ドル(当時の換算で4億円以上)。一方核物質の精製のための工場の建設費用なども含めると、ヒロシマ型の原爆l発あたり1100万ドルとしている資料もあるという(核物質の精製には原発が生み出す物質が流用できるので、原発がある場合はコストは下がる)。 なお、地下核実験には高価な計測機器(実験時に溶融するため、使い捨てとなる)の費用を含め2000万ドル(約18億円)かかるといわれている。 また、核弾頭を解体するにも膨大なコストがかかる。旧ソ連では資金不足から核弾頭解体が遅れているといわれるが、旧ソ連の国のうち、ウクライナは解体の全費用は28億ドル必要だと主張している。 さらに、解体後も使用されていた核物質は高度に濃縮されているため、原発などにはそのまま流用することはできない。徹底した管理が必要な物質だけに、そのコストも膨大なものとなる。
★「日本は唯一の被曝国」ではない 核実験による被曝者はどのくらいいるのか 1945年7月16日、アメリカ合衆国ニューメキシコ州で、人類初の核実験が行われた。翌8月6日、9日に広島、長崎に原爆が投下されている。以来、上のグラフにある通り、2000回以上の核実験が行われてきている(アメリカは‘94年に1051回と訂正。旧ソ連の回数は年度不明の88回を含む。なお、すべての核実験が公開されているわけではないので、正 核実験、とりわけ大気圏内で行われた核実験では膨大な量の放射性物質(いわゆる「死の灰」)が周辺地城にまき散らされた。 原爆投下とともに、日本人は‘54年3月1日の第五福龍丸のビキニ環礁被曝事件を忘れることはできない。広島、長崎に続く災禍に、当時日本人は大変な衝撃を受けた事件だったが、この時、被曝したのは福龍丸の乗員だけではない。 ★ビキニの実験は人体実験だったのか? その日、ビキニ環礁の近く、ロンゲラップ島の島民は、核実験のことを知らされていなかった。突然の大きな光の球の出現と、轟音に人々は驚かされた。やがて、この南洋の島に雪のように白いもの(死の灰)が降り注いだ。子どもたちは外ではしゃぎ回ったが、すぐに体中の皮膚と目や喉が痛くなり、遊ぶのをやめた。島民たちは気分が悪くなり寝込んでしまった。 島民たちは、爆発から3日目に他の島へ連れられ、軍の医師団にょって番号をつけられ、写真を撮られ、検査を受けた。だが、医師たちは観察するだけで、治療をしなかったので、島民たちの症状はひどくなるばかりだったという。 こうした被曝について、当時アメリカは「気象の変化による不測の事故」としていたが、後に気象観測により予測されていたことが分かっている。 3年後、ロングラップ島民は「もう安全になった」として故郷の島に帰ることが許された。この時、実験では被曝しなかった島民にも番号がつけられ、その後、定期的に検査を受けさせられた。 やがて、島民たちに甲状腺障害、妊娠・出産の異常、生まれてきた子どもの精神障害などがみられるようになった。水や土、食べ物が汚染されていたのである。‘85年、島民たちはついに島からの脱出を決意、無人島だったメジヤト島に移住した。ロングラップ島には、現在も人は住むことができない。 実験での被曝、帰島後の被曝にっいて、アメリカ軍によって人体実験が行われた疑いを抱いている人々は少なくない。 世界中の核実験場とその周辺で、被曝した人々は多く、少なくとも数百万の単位になると考えられる。こうした人々と、広島、長崎で被曝した人を区別する理由はない。日本は唯一の被曝国という表現は、世界の被曝者たちにどのような感情でみられているのだろうか。(参考文献/桐生広人著『母と子でみるヒバクシャ』草の根出版会) ★第五福龍丸はいま 第五福龍丸は木造のマグロ漁船で‘54年3月1日、太平洋マーシャル諸島にあるビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験によって被曝する被害を受けた。 帰港した第五福龍丸のマグロはすべて廃棄処分、乗組員23名は全員が急性放射能障害で入院。無線長だった久保山愛吉さんは、その年の9月23日に亡くなっている。 ビキニ被曝事件は、日本の原水爆禁止運動にとって、広島、長崎とともに、もう一つの象徴としての大きな意味があった。 しかし、第五福龍丸はその後、改造され、東京水産大学で練習船として使われていたが、‘67年に廃船になり、東京の夢の島に棄てられ、放置されていた。しかし、廃棄の様子を訴えた一通の新聞投書をきっかけに、平和の願いをこめた保存運動が高まり、‘76年から、夢の島にある第五福龍丸展示館で展示されている。
★地下核実験でクレーターができるまで
★南太平洋での実験強行は植民地主義? 仏領ポリネシアは、130の島々と環礁からなり、人口は約18万人。1880年に砲艦外交植民地化され、1957年に海外領土に昇格、一つの県として、議会に議員も送っている。 もともとフランスは植民地だったアルジェリアで核実験を行ってきた。しかし、その独立に伴い、実験場をモルロア環礁とその隣のファンガタウファ環礁(予備的実験場)に移転、’68年から44回の大気圏中の核実験と123回の地下核実験を行っている。 環礁とは、もともと島だった部分が沈み、珊瑚礁だけが輪のようになって残っているところ。すでに地上部分は地下核実験のための穴を掘る場所がないほど実験が繰り返されて おり、現在は環礁の内側の浅い海の部分を掘って実験を計画している。 ‘87年に有名な海洋学者ジャック・クストー氏の調査隊がモルロア環礁周辺に潜って調べたところ、実験により環礁の老朽化が早まっており、深い亀裂が走り、沈下と断層が発見されている。計画している次の実験に、環礁自体が耐えられるという保障はどこにもない。 ★虹の戦士号爆破事件 ‘85年7月10日、環境保護団体グリーンピースの船レインボー・ウォリアー(虻の戦士)号が、ニュージーランドのオークランド港に停泊中、爆破され沈没するという事件が起きている。虹の戦士号は、この時フランスの核実験に抗議するためモルロア環礁の海域に向かう予定で、爆破により、乗船していたカメラマン1名が死亡。犯人はフランス政府の工作員で、2人が逮捕されている。 この2人はニュージーランドで懲役10年の実刑判決を受けた。ところが、これに対してフランス政府は2人の身柄引き渡しを要求。応じなければ経済制裁にでると脅しをかけた。フランスを大きな輸出先としている酪農国ニュージーランドとしては厳しい選択を迫られることとなった。 結局、国連事務総長の仲裁という形で、2人は条件つきで引き渡された。しかし2人の実行犯の部隊勤務の約束を、フランスは一方的に破っている。 虹の戦士号はその後2号が誕生した。 ★放射能漏れの危険性が もともと、モルロアのような環礁は、地質的に地下核実験には不向きな場所といえる。アメリカは、‘63年の部分的核実験停止条約(PTBT)発効により地下核実験以外行うことができなくなってからは、太平洋の島での核実験をやめ、ネバダ州の砂漠での実験に切り替えている。 前出のクストー氏の調査結果を‘90年に分析したアメリカの科学者ノーム・バスク博士は、環礁の内側の浅い海に、かなりの量のセシウム134やセシウム137が検出されているので、環礁がこれらの放射性物質を閉じ込めておけるのは、せいぜい6年だとしている。 それに対して、フランス政府は「検出された放射性物質は過去に行われた大気圏中の核実験によるもの」として、地下核実験の残存放射性物質の浸出を否定。 フランスが実験を安全だとする根拠は、放射性物質が地中深くに閉じ込められ、いっさい外に漏れ出る心配はないからというもの。しかし、もしこれが漏れ出しているとすると、何百年にもわたって海が汚染され続けることになる。 そこでバスク博士は、環境保護団体グリーンピースのレインボー・ウォリアー(虹の戦士)号に乗船し、モルロア環礁周辺の環境調査を指導した。 調査の際、フランス海軍の船が近づき、調査隊が領海12マイル以内に侵入するのを警戒し続けた。そのため、調査はやむなく環礁から12マイル以上離れた海域で行われたが、それでも採集したプランクトンから放射性物質が検出された。これは、環境にすぐに深刻な影響を与える放射線量ではないが、フランス政府の主張を覆す証拠といえる。 この付近の海域はカツオ・マグロなどの漁場となっており、日本人はこの海域から7〜8000トンの魚をとっている。また、海流はチリ沖方面に流れていて、この海域も世界有数の漁獲高を誇る漁場となっている。 ★なぜ調査さえさせないのか? 右下の写真右は、’90年にグリーンピースがモルロア環礁海域を調査した際に、その妨害のために現れたフランス海軍の軍艦と兵士たち、写真左は調査のためのプランクトン採取の模様(撮影・桐生広人氏)。 調査船が12マイル(19・2km)の領海に近づくと軍艦が現れ、わずかに領海内に入った調査用のゴムボートをだ捕したという。 もしフランスが、その主張の通り実験による放射能漏れがなく安全だと考えているのなら、その安全性を確かめるためのどんな団体の調査も妨害する必要はないのではないだろうか。 仏領ポリネシアは植民地ではない。その住民はフランス国民だ。国民の安全に関わる事項を、フランスはどう考えているのか。自由・平等・博愛の国フランスには、本土の人々と、肌の色が違うポリネシアに住む国民を区別する理由が何かあるのだろうか。 フランスは今回の実験再開の意思表示と、それに対する国際的な反対運動の盛り上がりに伴い、各国のマスコミに実験施設を公開して、安全性をアピールした。しかし、それは限られた時間内でのことだ。いかに軍事施設があるとはいえ、その周辺の環境調査はオープンにすべきだ。 フランスは、実験の安全性を証明する努力を怠っているか、または、それを証明することができないか、いずれかである。 ★グリーンピース・ジャパン刊『モルロアの証言』より フランスが覆い隠してきた、核実験とその現場の事実を、現地の人々のインタビューで明らかにした本が、グリーンピース・ジャパンから出版されている。以下はその内容の抜粋。 モルロアとファンガタウファの実験施設で働いた人の証言。 当時、通関業務のためモルロアを訪れ、現在ファアア市長でもあるオスカル・テマル氏の証言。 事務労働者としてモルロアで働いた人の証言。 モルロアの近くにあるマンガレバ島出身者の証言。 マンガレバ配属の憲兵の証言。 マンガレバ島の住民の証言。 『モルロアの証言』は定価1500円。 〔用語解説〕放射能の人体への影響 広島、長崎の原爆被曝者の調査結果では、遺伝障害は認められていないが、核実験場近くの人々に放射能の影響によると思われる遺伝障害が見られるのは、汚染された水や食物を取り続けたためと考えられる。 ★核実験を止めるために私たちにできること フランスが核実験の再開を表明して以来、核実験に反対する国際世論が大きく盛り上がってきた。 最も強硬な反対の姿勢を示しているのは「当事者」ともいえる南太平洋諸国である。南太平洋に点在する島々は、多くが戦後に独立を果たし、現在は15の国・地域があり、そのうち10カ国が国連にも加盟している。これらの国々にオーストラリアとニュージーランドが加わって85年に南太平洋非核兵器地帯設置条約(ラロトンガ条約)が採択された(左図参照)。これにより核兵器を作らず持たずの非核地帯ができたわけだが、当然、仏領ポリネシアだけがすっぽり抜け落ちていることになる。これら諸国はフランスにこの条約を批准することを求めている。大国の核実験により苦しめられてきた歴史を持つ国々だけに、真剣だ。 ‘68年に実施されているラテンアメリカ非核化条約(トラテロルコ条約)に加え、アフリカ諸国も同様の条約を年末に成立させる運びとなっており、これにより南半球の非核化がほぼ完成する。 仏領ポリネシアでは、もちろん多くの住民が核実験に反対しているが、これに伴って独立を求める機運も高まっているという。独立と反核実験は切り離せない問題としてとらえられているからだ。 ★日本は安保政策を転換したのか!? アジア、ヨーロッパの非核保有国も、核実験に反対の姿勢を示している。特にアジア諸国は、中国の核実験実施に、強い警戒感と不快感を示した。 もちろん、日本でも核実験と核兵器に対する関心が高まっているが、そのなかで特筆すべき事項がある。8月4日に衆参両院本会議で全会一致で採択された「核実験反対決議」である。 この決議文は「中国の核実験に厳重に抗議し、フランスが核実験再開決定を撤回するよう強く求める」とともに「すべての国の核兵器の製造、実験、貯蔵、使用にも反対する」 ことを(日本の)政府に対して求めている。 これはつまり「アメリカにも核兵器の貯蔵をやめるよう政府は主張すべき」ことを、すべての政党が決めたことになる。アメリカの核の傘を前提に安全保障体制を進めてきた日本にとって、これは重大な政策転換を意味するはずだ。この決議に賛成した議員たちは、おそらく無自覚で、この政策転換は意図したことではないのかもしれない。多くのマスコミもこの点を指摘していない。しかし、日本がこうした決議を行い、実行するならば、世界は核廃絶に向けて画期的な前進をすることになるだろう。この素晴らしい国会決議を無にしてはならない。 なお、中国は日本からの核実験に対する抗議をうけて、「我が国は常に核の脅威にさらされている。核の傘という軍事同盟をもつ国が中国を非難している」として反論している。 ★アメリカがすべての核実験停止を表明 いっぼう、核保有国の対応は、比較的緩やかなものとなっている。アメリカは「実験は自重すべき」との声明は出したが、抗議するまではいかず、いわば容認の姿勢。 ところで、アメリカはこの間、来年に控える包括的核実験禁止条約(CTBT)交渉に向けて、重要な決定をした。クリントン大統領が8月11日に発表した「すべての核実験をしない方針でCTBTの交渉にのぞむ」という決定だ。これまで米国防省などを中心に、「CTBT成立以降も、小型の核実験は容認されるべきだ」とする意見が強くあったが、大統領がこれを抑えたかたちだ。 アメリカは「流体核実験」と呼ばれる実験技術を開発している。これは、核弾頭の芯の部分にある核分裂物質の量を加減し、臨界すれすれの核分裂反応を起こすようにするもので、核エネルギーは解放されるが、芯が流体状になるだけで核爆発を起こすほどの高エネ クリントン大統領は、CTBTをこうした実験も含めて禁止するものにしようという方針を示したわけだっこれは核拡散防止条約(NPT)が5月に無期限延長された時の国際的信義を守ることで、NPT体制を強化したいという狙いがあるとみられる。さらに、流体核実験の技術は、核保有国よりも、これから極秘に核兵器を開発しようとする国に有利に働く技術だといわれており、これを禁止することで核保有国の優位を保とうという思惑があるのではないかと考えられる。アメリカの決定に対し、英、仏、ロは賛意を示し、中国は態度を保留している。 CTBTは、核保有国の核独占を継続させるものであってはならない。あくまで核軍縮と将来の全面核廃絶につながるものであるべきだ。 (参考文献『核兵器・核実験モニター』‘95年8月15日号) ★核実験に反対し抗議する署名を グリーンピース・ジャパンが中心となって集めていた、「フランスに核実験再開中止を求める緊急署名」が、締め切りの8月25日までに45万2672名分となった。この署名はグリーンピースの本部があるアムステルダムに届けられ、世界中からの署名と合わせて約450万名分が、シラク仏大統領のもとへ届けられる予定。 読者の多くの人はすでに署名しているかもしれないが、まだの人は今からでも遅くない。ハガキ1枚で十分。核実験に反対し、抗議する意思表示をしよう。宛て先は
「大統領(国家主席)に以下の用件をお伝えください」としておけば、日本語でも大丈夫。ちなみに「核実験の中止を!」は、フランス語では「Non Aux Essais Nucleaire Francais!」、中国語では「禁止再中国的核実験!」だ。 また、あなたが住んでいる地域の自治体に働きかけて、抗議の意思表示をさせるという方法もある。これならば、たった一人からでも始めることができる。その自治体が、フランスや中国の市・町などと姉妹都市の関係にある場合は、その外交チャンネルを使ったもつと有効な方法が見つかるかも。自治体の窓口でやり方を聞ける。 ★フランス、中国製品をあなたは買いますか 日本消費者連盟では、フランスの核実験再開決定に抗議して、フランス製品とフランス旅行をボイコットする運動を行っている。これは、フランス大統領と国営航空会社エールフランスにボイコット宣言書を送るというもの。宣言文例やフランス製品リストなどについての問い合わせ先は、
また、東京池袋のビックカメラでは、店内でフランス製品の不買を呼びかけている。 さらに、大阪貿易会は8月1日、フランスが核実験を強行した場合フランスからの輸入自粛を会員に通達すると表明。昨年の同会会員の対仏取引高は近畿全体の約48パーセントで約540億円。 こうした不買運動は、核実験を行おうとする国にどのような影響を与えるものなのだろうか。フランスや中国の企業は、核実験実施の決定には関与していないかもしれない。しかし、核実験を行う国の当事者として、自分たちが国に対して中止を求める適切な行動をすべきだという気にさせる意味はあるだろう。 フランスは海外領土、中国は国内で実験を行うという違いはあるが、核実験反対の趣旨からいえば、両国とも「同罪」。不買をするのなら、両方ともに。そして「宣言文」を送った上でやったほうが、はるかに効果がある。
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